別名「舞鶴城」と呼ばれています
唐津城は、佐賀県唐津市東城内にあります。周囲約1km、面積約4.3ha、海抜43mで、天守台跡に慶長洋式として昭和41年に完成しました。
唐津城の歴史は、慶長13年(1602年)に、豊臣秀吉の家臣、寺沢志摩守広高によって建てられたとされています。
満島山上に本丸、西側に二の丸、三の丸、外曲輪に分けられていました。慶長7年(1602年)から、慶長13年(1608年)にかけて築城し、完成した唐津城には、名護屋城の遺材が使われています。
二の丸には藩庁御殿、三の丸は侍屋敷、外曲輪には町人が居住し町奉行所がおかれていました。
明治4年(1871年)廃城、その後お城は解体されました。
明治10年(1877年)、舞鶴公園として整備、開放されました。
現在の天守閣は、文化施設として昭和41年完成、天守閣内には展示室、展望所があります。
1階の城址広場では、江戸時代の城下町ジオラマ・天守閣模型が展示、2階の常設展示室では唐津藩民政資料・唐津城関係資料、4階の企画展示室では全国のお城が常設されているほか、特別展示などもみることができます。
そのほか、平成4年(1992年)二の丸跡には「時の太鼓」を復元、平成5年(1993年)市役所付近には三の丸辰巳櫓が復元されています。